大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所呉支部 平成6年(ヨ)43号 決定

債権者

須川元雄

右代理人弁護士

原田香留夫

笹木和義

高盛政博

債務者

呉中央水産株式会社

右代表者代表取締役

中下壮平

右代理人弁護士

池村和朗

山本正則

主文

一  債権者が債務者の従業員の地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成六年五月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月末日限り月額三二万八三二〇円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申請を却下する。

四  申請費用は、債務者の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  債権者

1  債権者が債務者の従業員の地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、平成六年五月から本案の判決確定に至るまで、毎月末日限り月額三九万六一九五円の割合による金員を仮に支払え。

二  債務者

本件仮処分申請を却下する。

第二事案の概要

一  債権者は、債務者の従業員であるところ、債務者は、平成六年五月九日、債権者に対し、普通解雇を通告したが、これは、債務者が従来支給してきた営業手当を平成六年四月から支給しない旨を従業員に通告してきたことから、債務者の従業員らにより組織されている呉中央水産労働組合(以下「組合」という。)の執行委員長である債権者が別紙「公開質問状」(以下「本件質問状」という。)を債務者及びその他若干の関連団体に交付したのを咎めて行ったものであって、不当労働行為又は解雇権の濫用に該当する旨主張して、本件仮処分申請を申し立てた。

二  争いのない事実

1  債権者は、平成六年四月、本件質問状を債務者等に配付した(配付先については争いがある。)。

2  債権者は、本件質問状を債務者に交付した当時の組合の執行委員長である。

3  債務者は、平成六年五月九日、当時債務者の従業員である債権者に対し、普通解雇(以下「本件解雇」という。)を通告した。

三  争点

1  本件解雇は、債権者が正当な組合活動として本件質問状を債務者やその取引先等に配付したことを理由にしてなされたか(労働組合法七条一号の不当労働行為に当たるか。)。

(債権者の主張)

(一) 組合は、債務者の営業手当の通告に対し、本件質問状を作成したが、その内容は、従業員の給与(営業手当)をカットする前に債務者が抱えている多額の未回収債権の放置、役員報酬の不明朗支出等、経営改善のために優先して解決すべき問題があり、それらの解決によって従業員の給与カットという措置は回避することができるのではないかと問い掛けるものであり、その事実関係に虚偽はない。そして、債権者は、組合を代表して本件質問状を債務者及びその他若干の関連団体に交付したものであるから、債権者の右行為が労働組合の正当な行為であることは明らかである。本件解雇は、組合が従業員の給与カットに反対し、その先頭に立つ債権者が具体的に反対行動を起こしたことを理由として行われたものであるから、労働組合法七条一号の不当労働行為に当たることは明らかである。

(二) 債務者は、営業手当を時間外労働の割増賃金であると主張するが、失当である。

すなわち、営業手当は、実際の時間外労働に応じて算定された正当な割増賃金が支払われていなかった従前の実態を改めて、正当な割増賃金が支払われるようにするため、一日一時間までは従前から支給されていた営業手当を割増賃金に充当し、これを超えた時間外労働についてのみ別個に割増賃金が支払われるとするが反面、従前から支給されてきた営業手当を含めた給与額を減額しないため、たとえ実際の残業が一日一時間未満となっても、少なくとも従前の営業手当は支給されるものとし、その代償として、従業員は実際の残業の有無に関係なく、毎日終業時刻以後一時間は職場に待機するよう拘束されるものである(つまり、営業手当を割増賃金とみて、一日一時間までの残業についてはそれ以外に別途の割増賃金を追加支給しなくても済むという会社側の利益と営業手当を固定給の一部とみて、残業時間が一日一時間未満でもその支給は保証されるという労働者側の利益との妥協の産物として生じた特殊形態である。)。

(債務者の主張)

(一) 本件質問状は、組合名を使用しているが、組合が作成したものではない(このことは、債務者が、組合に対し、本件質問状が組合の決議によるものであるかどうか照会したところ、組合決議によるものではないとの回答を得たことから明らかである。)。

すなわち、本件質問状は組合活動とは全く関係がなく、あくまでも債権者個人の行動である(現に、債権者は、本件質問状を組合の名で各取引先等に配付した行為等により、組合執行委員長の地位を退いており、組合は、本件解雇は組合の問題ではなく債権者個人の問題であるとして、一切団体交渉の求めはなく、組合として何らの行動も起こしていない。)。

(二) 債務者は、公共的な性質を有する呉市中央卸売市場の卸売業者であり、他の私企業よりも一層、経済的、社会的信用を維持する必要があるところ、債権者は、平成六年四月一付け本件質問状を呉市役所、債務者の主要取引先である株式会社クレスイ食品、株式会社ニチレイ、マルハ株式会社、呉市中央卸売市場内の浅田食堂等に多数配付し、また、業界紙である食品速報にも配付し、掲載された。債権者は、本件質問状を債務者に交付する前に、呉市役所、取引先等に送付したものであり、債務者の信用を低下させる意図をもってなしたものといわざるを得ない。

(三) 本件質問状の内容は、組合としての団体交渉権の範囲を逸脱したものである。

(1) 営業手当について

債権者が営業手当と称するものは、実質的には時間外労働の割増賃金である。すなわち、債権者の債務者における仕事は営業とは無縁のものであり、債務者においては、時間外労働の割増賃金を営業手当という名目で一旦計上し、実際に支給する際に割増賃金計算をした上で支給しているものである。このように営業手当が時間外労働の割増賃金であることから、債務者は、時間外労働時間の短縮を望み、この点について、組合との間で交渉してきた。債権者は、この事情を十分認識しながら、営業手当をみなし残業手当とした上で賃金カットに当たるとする内容の本件質問状を作成、配付したものであり、実態とは全く異なる虚偽のものである(かかる内容の本件質問状は、取引先等に対し、債務者が労働基準法に違反しているとの印象を与え、その経済的、社会的な信用を低下させるものであることは明らかである。)。

(2) 未回収売掛金について

T商店に対する売掛金については、労使交渉事項ではないこと、T商店といえば、即時に特定されること、未回収金額と称して、あたかも回収不能な不良債権であることを印象づけ、さらに債権額も現実とは大きくかけ離れた金額とし、債務者だけでなく、T商店の信用を著しく低下させることは、組合活動という形式をとったとしても、許されるべきではない(これまで労使交渉の対象にされたこともない。)。

(3) 子会社に対する経営責任について

債権者は、株式会社丸ヒの経営に関し、中下征一の責任を追及しているが、その内容は事実に基づくものではなく、また、労使問題でもない。このような虚偽の内容による本件質問状はまるで、右中下が右会社において、八〇〇〇万円もの赤字を出し背任行為を行っているというものであり、同人の名誉を棄損するばかりか、債務者の信用を低下させるものである(これまで、労使交渉の対象にされたこともない。)。

(4) 役員報酬、ゴルフコンペ等について

これらは、いずれも労使交渉の問題でなく、これまで、労使交渉の対象にされたこともない。これらのことを、本件質問状に記載して取引先等に送付することは、債務者の信用を低下させるだけにすぎず、組合としての活動を逸脱している。

(四) 以上を要するに、債権者が本件質問状を取引先等に送付した行為は、組合活動ではなく、債権者個人の行為にすぎず、その内容も、労使交渉の対象とならない事項を多く含み、かつ、事実を歪曲していることからしても、正当な組合活動でないことは明らかであり、債務者の信用を低下させることのみを目的としたものといわざるを得ないので、本来は懲戒解雇処分が適切であると思えたが、普通解雇をしたものである。したがって、本件解雇には十分相当な理由があるから正当であり、もとより、不当労働行為ではない。

2  本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、権利濫用に当たるか(予備的主張)。

(債権者の主張)

債権者の前記主張事実によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、権利濫用に当たるといわなければならない。

すなわち、(1)本件質問状の内容は、従業員の給与(営業手当)をカットする前に債務者が抱えている多額の未回収債権の放置、役員報酬の不明朗支出等、経営改善のために優先して解決すべき問題があり、それらの解決によって従業員の給与カットという措置は回避することができるのではないかと問い掛けるものであり、その事実関係に虚偽はないこと、(2)営業手当の解釈が債務者の主張するとおりであったとしても、営業手当は労使の妥協の産物であり、その実態が不明確なものであるから、債権者が、組合の執行委員長として前記主張のとおりに解釈して行動したことには相当な理由があること、(3)債権者は、これまで、債務者から懲戒処分を受けたことはないこと、(4)本件解雇は、突然に債権者やその家族の生活を脅かすものであり、債権者の行動及びそれが債務者に与えた影響と照らし併せても、余りにも均衡を失するものであること、以上の点を総合考慮すると、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、権利濫用に当たるというべきである。

(債務者の主張)

債務者の前記主張事実によれば、本件解雇には十分相当な理由があるから、これが権利濫用に当たるということはできない。

すなわち、(1)前記債務者の主張事実(とりわけ、本件質問状を配付した行為は組合の行為ではなく、債権者の個人的な行為であり、かつ、本来の組合活動から逸脱し、さらには本件質問状の内容も真実に反するか又は事実を歪曲しており、これにより、債務者ばかりか債務者の取引先まで信用の低下を余儀なくされたこと)、(2)営業手当については、労使交渉の席で何度も話し合っており、組合と債務者がこの件で対立していたものではなく、債権者のみが反対していたこと(したがって、本件質問状を作成、配付する必要性はなく債権者は、債務者の信用低下をもくろんで本件質問状を作成、配付したものといわざるを得ないこと)、(3)債務者は、本件解雇を通告するまで、約一か月半にわたり事実関係を調査し、債権者からも事情を聴取したが、債権者は反省もせず、債務者と対決するばかりであったため、やむを得ず、本件解雇をしたこと、以上の事実を総合すると、本件解雇には十分相当な理由があるから、これが権利濫用に当たるということはできない。

3  保全の必要性はあるか。

(債権者の主張)

債権者には妻(三六歳)と長男(二歳)の家族があり、債務者の従業員としての給与しか定収入がないので、債務者から賃金の支払を受けないと債権者及びその家族の生活は困窮に陥り、著しい損害を被るおそれがあるから、保全の必要性がある。

(債務者の主張)

債権者は、失業保険の手続をする際、債務者から離職票等の書類を取得しているが、このことは債権(ママ)者の従業員でないことを前提にしているし、また、債権者は、現在、臨時的とは思われない仕事に従事していることなどからすると、保全の必要性はないというべきである。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  前記第二、二の事実、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 債権者は、昭和六一年一二月債務者に入社した。組合は、平成四年五月三一日、債務者の従業員の過半数を超える二四名の賛同を得て結成され、債権者が執行委員長に選出された。

一方、債務者は、呉市中央卸売市場の卸売業者であり、生鮮水産物を扱っている。中央卸売市場は、卸売市場法に基づき、農林水産大臣の認可を受けて開設される卸売市場であって、公共的性質を有している。

(二) 平成六年一月二〇日及び同年三月二四日の労使交渉の席上、債務者は、組合に対し、業績の悪化、時間短縮の趨勢のなかで、時間外の残業の短縮を考慮せざるを得ない状況にあるから、時間短縮を行い、営業手当、残業手当の削減をしたい旨を述べ、組合に対し協力を要請した。

これに対し、組合は、営業手当等は全従業員の問題なので、従業員によく説明することを要求した。そこで、債務者は、その後従業員に対する説明を行った上、従業員に対し、債務者(西副社長)にこの問題を一任するかどうか、意見を求めた。これを受けて同年四月一日、各部(冷凍塩干部、養殖部、近海部、遠洋部の四部、以下同じ。)ごとに右意見が集約されたところ、参加二四名中、債務者(西副社長)に一任にすることに反対の者は債権者のみで(債権者は、営業手当は、生活給であると認識していたので、債務者が一方的にこれを削減することには反対していた。)留保が一人、欠席者が一名であった。

(三)(1) 債権者は、同月一日、組合の決議を得ずに本件質問状を作成し、一部の組合員の同意を得たのみで、同月四日、これを債務者、株式会社クレスイ食品、呉市中央卸売市場内の浅田食堂、呉市役所市場出張所に配付した。

(2) ところが、債権者は、同月七日、組合副委員長の馬場から、本件質問状を組合に無断で作成配付したとして激しく非難されたことから、組合を脱会することを決意し、同月八日右馬場に対し、組合を脱会し執行委員長を辞任する旨の脱会届けを交付したが、翌日気が変わり、同人に対し、右脱会届けの返還を要求した。しかし、同人はこれに応じなかった(なお、その後、吉村一博が執行委員長に選出された。)。

(3) 一方、債権(ママ)者は、本件質問状が組合によるものであるかどうかにつき、組合に照会したところ、組合から、同月九日付けで本件質問状は、組合で決議されたものではないとの回答を得、また、その後、右馬場作成の同月一五日付け補足文書を受け取った(その中に、本件質問状の作成、配付は債権者の独断であること、債権者が責任をとって組合を脱退し、執行委員長を辞任した旨が記載されていた。)。

(四) 債務者は、事実関係を調査の上、(1)本件質問状一項の営業手当については、組合と協議中であり、交渉決裂という事態ではないし、本件質問状の回答指定日は四月九日であるにもかかわらず、債権者はこれを待たずに各方面に本件質問状を配付している(本件質問状は業界紙の食品速報に掲載されたが、これも債権者の右配付行為によるものである)、(2)債権者の右配付行為により債務者及びその取引先の信用が低下した、(3)本件質問状の作成、配付行為は組合活動ではなく債権者の個人的なものである、との事実認識に達し、債権者の右行為は、組合活動を仮装しながら、債務者の信用を失墜させ、損害を与えようとする許されない行為であるとの結論を得た。

そこで、債務者は、債権者からも事情を聴取した上、本件解雇を行った(なお、組合は、本件解雇について、組合として何らの行動も起こしていない。)。

(五) 本件質問状の内容の真偽等については、次のとおりである。

(1) まず、営業手当については、平成六年六月九日、債務(ママ)者は、広島県の労政福祉課を訪れ、営業手当の性質について見解を質したところ、「名称からすれば、固定給との要素はあるが、内容を聞けば時間外手当と見られる部分もあるから、法的見解については労働基準監督署に行って聞くべきである。どちらにしても、労使間で話し合いをして解決すべきである。」との回答を得た。

一方、組合(吉村一博執行委員長)は、債務者宛の平成六年六月一〇日付け申し入れ書の中で「平成六年五月三〇日には労働基準監督署呉支部を、同年六月九日には広島県の労政福祉課をそれぞれ訪れ、営業手当について公的な見解を質したところ営業手当は、実質的には時間外労働の割増賃金のように思われるが、長期にわたり支給されている現状を考えると、労使双方の話し合いで解決するのが妥当との意見であった。」と述べている。

そして、営業手当の問題は、現在も債務者と組合との間で協議中である。

(2) 本件質問状二項のT商店については、平成六年四月当時、債務者に対し一億円を超える買掛金債務を負担していた。

(3) 本件質問状三項の子会社に対する経営責任については、中下征一(当時、債務者の常務取締役、現専務取締役)が債務者の子会社である株式会社丸ヒに出向したが、同社は、昭和六三年三月から平成三年二月にかけて八〇〇〇万円の欠損を発生させた(しかし、債権者は、これが右中下の責任であること及び債務者が同社の人件費等の赤字補填を行ったことの証拠をつかんではいない。)。

(4) 本件質問状四項の役員報酬については、役員報酬総額は、今から一五年以上前に株主総会で決議されて以来、一度も増額されたことはなく、またモチ代と称する臨時賞与が支給されたこともない(ただし、使用人役員については、従業員部分の賞与を従業員より小額の賞与を支給したことはある。)。

(5) 本件質問状五項のゴルフコンペ等については、債務者では、昭和六二年ころより、年一回、取引先を招待してゴルフコンペを実施し、賞品代の一部(約三〇万円)を負担している。また、債務者では、昭和二七年ころから年に一回社員旅行を実施している。

(6) 本件質問状六項及び七項については、債務者では、当時も取締役が一四名いた。また、債務者は、平成六年に六名の従業員を新規に採用した。

(六) 債権者の従前の勤務態度については、特段不良の点はなく、債権者は、本件解雇まで懲戒処分を受けたことはない。債権者には妻(三六歳)と長男(二歳)の家族がおり、債務者における給与で生活していた(債権者は、本件解雇当時、債務者から、平均手取り月額三二万八三二〇円の給与を得ていた。)。債権者は、既に失業保険の支給も切れ、現在、知人の仕事を臨時に手伝っているが、収入が少なく、生活が苦しい状況にある。

2  右1(一)ないし(五)の事実によれば、債務者は、組合執行委員長である債権者を差別して取り扱う意思のもとに本件解雇を行ったとはいえず、債権者が、個人的に、債務者の信用を失墜させ、損害を与えようとする目的で本件質問状の作成、配付行為を行ったことを理由にして本件解雇を行ったものと認められる(後記二のとおり、客観的にみれば、本件質問状の作成、配付行為を債権者の個人的な故意による信用失墜行為と見ることの妥当性については疑問があるが、右認定判断を左右するものではない。)。したがって、本件解雇が債権者主張の不当労働行為に当たるということはできない。

二  争点2について

前記一、1の事実を基に判断する。

1  次に述べることからすると、債権者が組合活動とは関係なく、個人的に債務者の信用失墜をもくろんで本件質問状を作成、配付したとまでいえるか疑問がある。

(一) まず、本件質問状の内容について見るに、右一、1、(五)、(1)の事実によれば、営業手当の性質は、時間外労働の割増賃金のように見えるが、必ずしも明らかではない(これを疎明するに足りる客観的な証拠はない。)。したがって、債権者が、本件質問状一項において、営業手当をみなし残業手当であり生活給であるからそのカットは実質の賃金カットであるとしていることについて、実態を歪曲していると決めつけるのは相当ではないというべきである(営業手当の問題は、現在も債務者と組合との間で交渉中である。)。

ただし、本件質問状三項は、証拠もなく、あかたも債務者役員が背任行為を行っているがごとき内容であって相当でなく、また同四項は事実に反するといわざるを得ないが、しかし、それ以外の本件質問状の内容がことさらに事実を歪曲しているということはできない。そして、本件質問状を全体的にみると、その内容は従業員の給与(営業手当)をカットする前に債務者には経営改善のために優先して解決すべき問題があり、それらの解決によって従業員の給与をカットするという措置は回避することができるのではないかと問い掛けるものであると見ることもできる。

そうすると、本件質問状の内容を根拠にして、債権者が債務者の信用失墜をもくろんで本件質問状を作成、配付したと見るのには疑問がある(もっとも、本件質問状の内容には債務者及びその取引先の信用に係わる問題が含まれており、これが配付されたことにより、公共的な仕事に携わる債務者及びその取引先の信用が低下されたことが窺われるが、具体的な損害については疎明されていない。)。

(二) 次に、債権者の行動について見るに、確かに、債権者は、組合の決議を経ずに本件質問状を作成、配付しているが、配付については一部の組合員の同意を得ているから(右(一)の点を併せ考慮すると)、本件質問状の作成、配付行為をもって組合活動とは関係のない個人的なものとまでいえるか疑問がある(もっとも、営業手当等については、債務者各部において従業員の意見が集約され大勢は債務者(西副社長)に一任するという時期に、債権者が性急にも、組合の決議を経ずに債務者及びその取引先の信用に係わる本件質問状を作成、配付したことにも疑問がある。)。

なお、債務者は、債権者が本件質問状をその主張の配付先(四か所)以外(食品速報等)にも配付した旨主張するが、これを疎明するに足りない。

2  加えて、債権者の従前の勤務態度に特段不良の点はなく、債権者は、本件解雇まで懲戒処分を受けたことはない。また、債権者には妻(三六歳)と長男(二歳)の家族がおり、債務者から支給される給与で生活していた。

3  以上によれば、債権者が本件質問状を作成、配付したことにつき非難されるべき点があるにしても、客観的に見ると、債権者が、組合活動とは関係なく、個人的に債務者の信用失墜をもくろんで本件質問状を作成、配付したと見ることの妥当性については疑問がありまた、本件質問状により債務者が受けた不利益と本件解雇によって債権者が受ける不利益等を総合勘案すると、債権者の右行為に対し企業から放逐する本件解雇をもってのぞむのは、客観的、合理的理由を欠き、権利濫用に当たるといわなければならない。

三  争点3について

前記一、1、(六)の事実によれば、債権者には債務者の従業員としての給与しか定収入がないので、債務者から賃金の支払を受けないと債権者及びその家族の生活は困窮に陥り、著しい損害を被るおそれがあるから、従業員であることを仮に定めることのほか、賃金の仮払についての保全の必要性も認められる(ただし、保全すべき期間は、事案にかんがみ、本案の第一審判決言渡しに至るまでとするのが相当である。)。

第四結論

よって、債権者の本件仮処分申請は主文一項、二項の限度で理由があるから、事案の性質上、債権者に担保を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担について民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 武田正彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例